日本語
この歌は松尾芭蕉が鑑真和尚の像を見たときに、詠んだという風にいわれてますけれども、同じ仏像でも仏像を見るとき、アジアの人たちと日本では少し違いがあるようですね。
アジアの人たちは常に金ぴかにして、それが信仰の対象としていつも崇(あが)めるということになるようです。
日本の場合は剥落(はくらく)していくもの、そういうものをそのままに認める、受けとめるという美意識があるように思います。
この美意識を“ふるびる”というふうに言います。
中国语
好想用嫩叶擦拭他思乡的双眼
据说这是松尾芭蕉在看鉴真和尚像时所吟诵的句子。同一尊佛像,亚洲人和日本人似乎多少存在一些差别。
亚洲人常把佛像擦得溜光锃亮加以供奉。
而日本人则会透过它的漂亮外衣,看到它更本质的一面。有一种“接受它”的审美观。
有人说这种审美观有些陈旧。
我想我们要珍重的正是这种审美观。
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注:
若葉して/御目(おんめ)の雫(しづく)/ぬぐはばや(ぬぐわばや)
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〔背景〕芭蕉が、初夏の青葉あふれる奈良の唐招提寺(とうしょうだいじ)の境内(けいだい)にある鑑真の座像を拝した時に詠んだ句。芭蕉45歳の時の作。鑑真は、幾度もの難破の末、ついに日本渡航を成功させ、日本に仏教(律宗)を伝えた奈良時代の中国の高僧。渡航中に失明し、盲目のまま日本の仏教の興隆に尽くした。本国には再び帰ることなく、日本の地で没した。
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・若葉して=初夏の境内に照り映える若葉を用いて。
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・御目の雫=あなた(目を閉じている座像の鑑真)の御目ににじんでいる悲しみの雫(=涙)を。 ※「雫」は、「若葉」の「縁語」になっていて、「涙」の意味を含めている。
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・ぬぐはばや=ぬぐってさしあげたい。 ※「ばや」は古い助詞。(・・・)ばや=(~し)てあげたい。〔 ・・・は、未然形となる。〕
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<感想>鑑真の悲しみや苦労・鑑真の成した仕事に対する芭蕉の深い思いやりといたわりが表現されている句だと思います。鑑真和尚は、この若葉あふれる美しい奈良の自然を、さぞかしその目で見たかったのに違いない、家族のいる故郷の中国にも戻りたかったのに違いない、ということも、芭蕉は思ったのでしょう。
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金(きん)ぴか: 金光闪闪
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ふるびる: 陈旧